Last Updated on 2026年4月20日 by ぷーやん

トレードという極めて不確実な世界に身を置く人間にとって、早川書房から出版されているダンカン・ワッツの『偶然の科学』は、残酷なまでの真実を突きつける一冊だ。
我々トレーダーは日々、チャートにラインを引き、ファンダメンタルズを分析し、あたかも相場の「因果関係」を解き明かしたような気分に浸る。
しかし、本書はその自信を根底から揺さぶる。
「後知恵」という名の病
相場が終わった後にチャートを見れば、誰もが名トレーダーになれる。
「ここでダブルボトムを形成したから反転したのは明白だ」「この指標が悪かったから売られたのだ」といった説明は、あまりに理路整然としていて疑いようがないように見える。
しかし、ワッツはこれを「後知恵バイアス」と切り捨てる。
人間には、起きてしまった出来事に対して、後からもっともらしい理由をこじつける強力な本能がある。歴史や社会現象と同様、相場も「結果」を知った瞬間に、そこに至るプロセスが必然だったかのように錯覚してしまうのだ。
トレーダーが最も警戒すべきは、この後付けの論理を「次も通用する法則」だと誤認することにある。昨日の相場を完璧に説明できたからといって、明日の相場を1ミリでも予測できるわけではない。
成功の正体は「ミュージック・ラボ」にある
本書で紹介される「ミュージック・ラボ」の実験は、トレーダーにとって示唆に富む。
楽曲のヒットは曲の質(実力)よりも、初期段階で「誰がダウンロードしたか」という偶然の連鎖に依存するという結果だ。
これを相場に置き換えれば、ある価格帯でブレイクアウトが発生するかどうかは、ファンダメンタルズの正当性よりも、その瞬間にたまたま大きな注文を入れた誰かの存在や、それに追随したアルゴリズムの連鎖反応という「偶然」に左右されている側面が強い。
多くのトレーダーが信じる「インフルエンサーの先出し」や「大口の意図」も、ワッツに言わせれば多くが幻想だ。
社会という複雑系において、特定の個人の力が全体をコントロールすることは不可能に近い。トレンドとは、無数の参加者の相互作用がたまたま一定の方向に振れた「偶然の産物」に過ぎないのだ。
予言者ではなく「測定者」であれ
では、我々はこの救いのない「偶然」にどう立ち向かえばいいのか?
ワッツが提示する解決策は、予測を諦め、「適応」に舵を切ることだ。
- 予測を捨てる: 未来を当てる「予言者」になろうとするのをやめる。どれだけ精緻なモデルを組んでも、相場は常に我々の想像を超えた挙動を見せる。
- 実験を繰り返す: 一撃必殺を狙うのではなく、小さな試行錯誤(エントリー)を繰り返し、リアルタイムで市場の反応を「測定」する。
- 間違いを即座に認める: 自分のシナリオが外れたとき、それは「市場が間違っている」のではなく、単に「偶然の連鎖が自分の予想とは違う方向に流れた」だけだ。
不確実性を愛する
『偶然の科学』が教えるのは、謙虚さの重要性だ。
我々にできるのは、相場の法則を解明することではない。
偶然という荒波の中で、期待値がわずかにプラスになる「型」を繰り返し、運良く波に乗れたときは利益を伸ばし、運が悪ければ素早く撤退することだけだ。
「なぜ動いたのか」という後付けの理由に固執するのをやめたとき、トレーダーとしての真の視界が開ける。
相場は論理ではなく、偶然でできている。その事実を腹の底から受け入れた者だけが、生き残る権利を得るのだ。

この記事の監修者:ぷーやん(35年の実績)
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