サラリーマン「出世の正体」、能力よりも、上司の“壊れたレコード”を愛でる演技力

Last Updated on 2025年12月29日 by ぷーやん

日本の企業社会において、いまだに最強の武器として君臨するのは、最新のプログラミングスキルでも、MBAで学んだ経営戦略でもない。

それは、酒席や移動の合間に披露される上司の「100回聞いた武勇伝」に対し、あたかも今この瞬間に天啓を受けたかのような表情で聞き入る「絶倫の演技力」である。

いわゆる「部下力」という名の、あまりにも高度で、あまりにも虚しいソフトスキルの正体を、今の歪んだ構造と共に解剖してみよう。

「能力」という名の幻想と、「忖度」という名の現実

「仕事ができる人間が出世する」という言説は、もはやおとぎ話の類だ。

現実の出世双六において、コマを進める原動力となるのは、上司の承認欲求をいかに効率よく、かつ潤沢に満たしてやるかという一点に集約される。

特に、かつての成功体験にすがりつく「昭和の遺物」的な上司にとって、自分の話を「初めて聞いた」と目を輝かせる部下は、有能なビジネスパートナー以上に価値がある。

なぜなら、彼らは組織の利益ではなく、自分の自尊心の守護者だからだ。

「失われた30年」が育てた「顔色伺い」の経済学

なぜ、これほどまでに「媚び」が最適解となってしまったのか。その背景には、日本経済の長期停滞がある。

  • 右肩下がりのパイ: 会社が成長していれば、個人の「実力」で利益を出せば評価された。しかし、現状維持が精一杯の衰退期においては、評価尺度は「成果」から「忠誠心」へと先祖返りする。
  • 終身雇用の残滓: 逃げ場のないムラ社会において、上司に睨まれることは社会的な死を意味した。その結果、生存戦略として「忖度」という名の護身術が洗練されていったのである。

Z世代の正論と、昭和的エコシステムの断絶

こうした「部下力」という名の喜劇を、今の若者たちは冷ややかな、あるいは嫌悪に満ちた目で見つめている。

彼らにとって、パフォーマンスとは「どれだけ価値を生み出したか」であり、「どれだけ上司の気分を良くしたか」ではない。

  • タイパ(タイムパフォーマンス)の追求: 上司の同じ話を1時間聞くことは、彼らにとって人生の浪費でしかない。
  • ポータブルスキルの重視: 一つの会社でしか通用しない「おじさん転がし」の技術を磨く暇があるなら、どこでも通用するハードスキルを身につけたいと願うのは、至極真っ当な生存本能である。

演技力の果てにある「虚無」

上司への忖度や気遣いが、能力以上に評価される現場。それは一見、平和な茶番劇に見えるが、その裏で日本企業の競争力は確実に削り取られている。

「部下力」に長け、上司を気持ちよくさせることだけで階段を登った者たちが、次の世代の上司になる。そうして組織は、同じ話を繰り返す「裸の王様」と、それを称賛する「詐欺師」たちの巣窟へと変貌していく。

これは「仕事」ではなく「介護」である

もし、君が今、縁石の横で上司の武勇伝に「へぇー!それでどうなったんですか!?」と身を乗り出しているのなら、自覚すべきだ。

君がやっているのはビジネスではなく、高給取りの「メンタルケア」あるいは「介護」に他ならない。

能力で勝負したい若者が、この「忖度ゲーム」から次々と降りていくのは当然の帰結だ。

この茶番を「伝統」や「美徳」と呼び続ける限り、この国のオフィスからは、本当の意味での「有能な人材」から順に姿を消していくことになるだろう。

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