Last Updated on 2025年9月16日 by ぷーやん

今日は9月16日。
この日付は、外国為替市場、つまりFXの世界において忘れることのできない意味を持つ。金融史の中で「伝説の日」として後世に語り継がれることになった、極めて象徴的な日付である。
1992年9月16日、ジョージ・ソロスがイングランド銀行に挑み、国家の金融政策を打ち砕き、そして空前の勝利を収めた。この一件こそが「ブラック・ウェンズデー」と呼ばれ、歴史に深く刻み込まれた出来事だ。
当時の背景は単純でありながら深刻だった。
欧州通貨制度(EMS)と呼ばれる枠組みのもと、加盟国の通貨は一定の変動幅の中で基準レートに連動させられていた。
その中心にあったのは、圧倒的な信認を誇るドイツ・マルク。
ポンドもまた、このマルクに連動せざるを得なかった。だが当時のイギリス経済は停滞していた。成長率はほぼゼロ、景気は冷え込み、国内は深刻な不況に見舞われていた。
それにもかかわらず、通貨を支えるためには高金利を維持し続けなければならず、政策金利はすでに10%という異常な水準に達していた。実力を伴わない通貨が割高に放置されている状況は、誰の目にも明らかだった。
その歪みに冷徹に目をつけたのが、ジョージ・ソロスである。
彼は徹底的にポンドを売り浴びせ、ついに1992年9月16日、歴史的な戦いの幕が開いた。イングランド銀行は死力を尽くして抵抗した。
この日、1日で2度の利上げという異常な措置を実施し、金利は15%にまで引き上げられた。しかし市場は屈せず、ポンド売りは止まらなかった。
外貨準備による介入も同様だった。イギリスは巨額のドルを準備し、ポンドを買い支えようとした。だが市場に投入された資金は、開始からわずか数分で吸い尽くされるように消え去った。
防衛線は瞬く間に崩壊し、イングランド銀行はついに敗北を認めざるを得なくなった。
その結果、ソロス率いるクォンタム・ファンドは20億ドルもの利益を手にすることになった。対するイギリスに残ったのは、屈辱と損失、そして国家の威信を失ったという苦々しい記憶だけである。
9月16日は、イギリスにとって間違いなく敗北の象徴であり、世界にとっても金融市場の冷酷さを示した日となった。
今日という日を迎えるたびに、BBCなどのメディアは当時の「ブラック・ウェンズデー」を振り返り報じる。
歴史的事件として語り継がれると同時に、それは現在の通貨政策や国際金融の在り方に重ね合わせられる。為替の歪み、無理のある政策、投機筋の猛攻――同じ構図は、時代や場所を変えて再び現れる可能性を常にはらんでいる。
日本円もまた例外ではなく、いつか同様の局面を迎える可能性があるだろう。
PS
セミナー情報
トレンド中の短期的な押し目を高回転して利益を積み重ねるナノ・ディップ手法
応援よろしくお願いします!
先物・オプションランキング メルマガ詳細
