バブルは振り返った後にしかわからない

Last Updated on 2025年9月20日 by ぷーやん

バブルの正体とジュリアナ東京に象徴される狂騒の時代

バブルという現象は、常にその渦中にいる者には決して容易に見えない。

私たちは日々の喧騒や経済の波に巻き込まれ、その熱狂を享受することに夢中になってしまう。異常な高揚感は、日常の延長としてしか認識されず、誰もそれが頂点に達しているとは思わないのである。

バブルの真価、あるいは危険性に気づくのは、時間が経ち、熱狂が冷めて初めて可能になる。過ぎ去った歴史を振り返り、ようやく「あの時こそがバブルであった」と人々は気づくのである。

日本における象徴的な瞬間として、1989年の大納会を挙げることができる。

この時、日経平均株価は史上最高値を記録した。現在の視点からすれば、この瞬間こそが明確なバブルの天井であったことは容易に理解できる。

しかし、当時の人々はそれを自覚できなかった。株価が崩れ、地価が急落し、経済全体が後退局面に入って初めて、世間は「あれはバブルだった」と語ることができるようになったのである。

バブル期の象徴のひとつとしてよく語られるのが、ジュリアナ東京の存在である。

ジュリアナ東京は1989年末の日経平均最高値から一年以上経過してからオープンしたナイトクラブである。つまり、バブルの絶頂は過ぎていたにもかかわらず、世間はまだなお熱狂に酔いしれていたのである。

このクラブは、若者たちの自由奔放なファッションや音楽文化を背景に、まさにバブル期の華やかさと狂騒を体現していた。

バブル経済に支えられた派手なライフスタイル、そして東京の夜の街の煌びやかさは、当時の社会的背景と切り離すことはできない。

企業の好景気による高額ボーナスや過剰な消費文化、土地神話に象徴される地価の高騰は、人々に際限のない贅沢を享受させたのである。

しかしジュリアナ東京の栄華も永遠ではなかった。

バブル崩壊後、株価も地価も下落し、経済が冷え込むとともに、この象徴的なクラブも閉鎖を余儀なくされた。バブル期の狂騒がいかに現実離れしていたか、そしてその頂点の認識がいかに後付けでしか語れないものであったかを、ジュリアナ東京の興亡は端的に示している。

このことからも明らかなように、「今がバブルか否か」という議論は意味を持たない。

結論を下せるのは、時間が経過し、熱狂が冷めた後にのみ可能である。私たちは、歴史の視点を持つことで初めて、バブルという現象の本質を理解できるのだ。

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