Last Updated on 2026年2月13日 by ぷーやん

今回より、「相場は僕のATM!?~元・町工場技術者が辿り着いた「負けない仕組み」と自由の哲学~」と題して連載記事をスタートします。
主に今まで書き綴ったブログ記事をまとめた自分史のようなものですが、お楽しみいただければ幸いです。
【第1回:人生最大のドローダウンと努力のパラドックス】
1999年、東大阪の空が色褪せた日
私の人生が劇的な「ドローダウン」に見舞われたのは、1999年のことでした。
それまでの私は、東大阪にある父の経営する町工場で、技術者として日々を過ごしていました。
当時の私は、いわゆる「モノづくりの職人」そのものでした。理想の炊飯器を作り上げるため、毎日毎日三升(約4.5キロ)もの米を炊き続け、その一粒一粒の炊き上がりをミリ単位で、糖度や粘り、弾力まで徹底的に検証するような、狂気にも似た熱狂の中にいたのです。
モノづくりの世界には、疑いようのない「正義」がありました。
「100の正しい努力をすれば、100の成果が返ってくる」という、シンプルで誠実なルールです。
検証を重ね、不具合の原因を統計的に潰していけば、製品の精度は確実に上がり、その対価としてお客様の笑顔と安定した収益が約束されていました。私はその「原因と結果の法則」を盲信していました。
しかし、その平和な日常は、父の会社の倒産という冷酷な現実によって一瞬で粉砕されました 。
35歳。地位も名誉も、そして長年築き上げた財産も、一晩にして消え去りました。
私に残されたのは、守るべき幼い二人の子供と、再出発の地として選んだ、縁もゆかりもない埼玉県への片道切符だけでした 。
隠れ「社畜トレーダー」という仮面
再就職先で私は、ある企業の管理職という立場を得ました。
しかし、心の奥底では「このまま誰かに雇われ、組織の歯車として一生を終えていいのか」という、焼けるような渇きを感じていました 。
その渇きを癒やし、かつての自由を取り戻すための「打ち出の小槌」として私が手を伸ばしたのが、相場の世界だったのです。
当時の私のデスクは、幸運なことに壁を背にしていました。
部下や上司からは、私のモニターが何を表示しているか一切見えません。
私は業務をこなすふりをしながら、一日中、株や為替のチャートを凝視する「隠れ兼業トレーダー」としての生活をスタートさせました。
当時の私は、相場という怪物を完全に舐めていました。
「町工場の技術者として、あれほど緻密な検証をこなしてきた自分だ。相場という数字のパズルを解くことなど、炊飯器の不具合を見つけるより簡単だろう」と。
この自惚れこそが、後に続く地獄への招待状であったことに、当時の私はまだ気づいていませんでした。
1日17時間の検証が「1円」にもならない衝撃
会社から帰宅すると、私はすぐにエクセルを立ち上げ、過去の膨大なチャートデータを1分足単位で分析し始めました。
連日7時間、あるいは週末には18時間以上もパソコンの前で格闘し、どんな相場環境でも右肩上がりに資産が増える「聖杯」を追い求めました。
「これだけ努力しているのだから、相場は必ず私に微笑むはずだ」 そう信じて疑いませんでした。
しかし、相場という怪物は、私の命を削るような努力をあざ笑うかのように、無残に踏みにじりました。
私が心血を注いで開発し、「これこそが完璧なロジックだ」と確信して実弾(リアルマネー)を投入したシステムは、運用を開始した瞬間に、まるで魔法が解けたかのように機能しなくなったのです。
昨日までの検証データでは完璧だったはずの曲線が、私の大切なお金を吸い込む「現金寄付機」へと変貌しました。
「努力して、お金が減る」。
これは、一般社会ではまずあり得ない、衝撃的で理不尽な事実です。
普通の仕事なら、10時間働けば少なくとも最低賃金分の報酬は手に入ります。コンビニのバイトであれ、道路工事の現場であれ、流した汗の分だけ通帳の数字は増えるのがこの世界の理(ことわり)です。
しかし、相場ではこの「原因と結果の法則」が完全に反転します。
10時間死ぬ気でチャートを分析した結果、誰かが1ヶ月間汗水垂らして稼いだ給料を一瞬で吹き飛ばすことが平然と起こるのです。
逆に、何もしないで寝ていた素人トレーダーが、ビギナーズラックで数百万円を手にすることもある。
この「努力のパラドックス」に直面した時、多くの人は「まだ努力が足りないからだ」と考え、さらに深い泥沼へとハマっていきます。
しかし、断言しましょう。
相場とは「努力すれば必ず報われる」という、私たちが義務教育で教わってきた道徳が一切通用しない、非情な「異世界」なのです。
「時給1500円」の奴隷の価値観を捨てろ
私たちは、幼い頃から「時給」という価値観で生きるように洗脳されています。
「1時間働けばいくらもらえる」「残業すれば手当がつく」。この、時間と報酬が物理的にリンクした安心感こそが、一般庶民が相場で負け続ける最大の呪縛です。
相場の世界では、わずか数分間のトレードが、時給換算で数十万円、時には数百万円の利益を生むことがあります。ですが、それはあなたの「労働の対価」ではありません。それは単なる「確率の収束の結果」に過ぎないのです。
逆に言えば、24時間寝る間も惜しんでモニターを凝視し続けても、一円も稼げないどころか、全財産を失うことさえあります。
トレードは「労働」ではなく「作業」であり「統計的な執行」です。
そこに「これだけ時間をかけたんだから」という私情を持ち込んだ瞬間、相場はあなたの心の隙間に付け込み、資産を根こそぎ奪い去ります。
お金に働いてもらうためには、この「労働時間=報酬」という社畜の思考回路を一度完全に破壊し、更地にしなければなりません。
成功したければ、相場の理不尽さを「そういうものだ」と飲み込む、冷徹なリアリズム(現実主義)が必要なのです。
あなたが信じる「努力」は正しいか?
もしあなたが今、何年もトレードを勉強し、何百冊もの投資本を読み、それでも勝てずに苦しんでいるのなら、一度立ち止まって考えてみてください。
あなたのその努力は、もしかすると「勝てない場所で穴を掘り続けている」だけではないでしょうか?
相場における正しい努力とは、チャートを長時間見ることでも、複雑なインジケーターを組み合わせることでもありません。
それは、自分という人間の「本能」がどれほど相場に向いていないかを自覚し、その本能を殺すための「仕組み」を作ることなのです。
次回、第2回では、私がさらに深い絶望を味わうことになった「ITバブルの狂乱」と、情報商材という名の「甘い毒」の正体についてお話しします。
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