Last Updated on 2025年8月18日 by ぷーやん

先日、久しぶりに良いお話を聞いたのでシェアしようと思う。
「真善美」をテーマにしたお話の内容だ。
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人間として理想的な価値観を語るとき、古来より「真・善・美」という三つの柱が強調されてきた。
すなわち「真」とは物事の真実を追い求め、正しい理解を持つこと、「善」とは人間としての正しい道徳や倫理を実践すること、そして「美」とはその真と善を調和をもって表現し、人に感動や心地よさを与える在り方を指す。
しかし現代を生きる多くの人々、あるいは良識ある人物と称される人でさえも、「真」と「善」についてはある程度身についているものの、「美」に至っては十分に体現できていない人が多い。
物事の正しさを理解し、道徳的に正しいとされる行動を心がけることはできても、それをどのように相手に伝えるか、どのように表現するかという段階において、調和や美しさが欠けてしまうのである。
この「美」の欠如は、特に言葉遣いに顕著に現れる。
正しいことを語っているはずなのに、言葉の選び方や言い回しが不適切であったり、ぶっきらぼうであったりすると、相手に不快感を与え、場合によってはその真実や善意すらも伝わらなくなる。正しい内容であっても、表現が調和を欠けば、その価値は半減してしまう。
例えば、ある有名なテレビ番組でしばしば耳にする「あなたはどこから来たのか?」という問いかけについて考えてみたい。
英語では “Why did you come to Japan?” という表現が用いられることが多い。
文法的にも意味的にも誤りではないが、この言い回しは本来、税関の職員が入国審査で尋ねるような、やや事務的で冷たい響きを持つ。聞かれた側にとっては、歓迎されているというよりも取り調べを受けているような印象を与えかねない。
それに対して “What brought you to Japan?” という表現を用いればどうだろうか。
この言葉は同じ「なぜ日本に来たのか」という意味を持ちながら、ぐっと柔らかく、自然で、しかも相手の気持ちを尊重した響きを帯びる。
問いかけられた側は「この人は自分の背景や想いに関心を持ってくれている」と感じ、心地よいコミュニケーションが成立する。すなわち同じ「真実」を問う言葉であっても、その表現に「美」が加わることで、調和のある交流が生まれるのである。
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ここに、人間が真に理想的な価値観を体現するための重要な示唆がある。
真実を知るだけでは足りない。道徳的に正しいことを理解するだけでも不十分である。
それをどのように表現し、どのように伝えるか。すなわち「美」を伴わせることによって初めて、真と善は人々の心に響き、社会に調和をもたらす。
言葉の選び方がどれほど重要であるかを、改めて痛感させられる。
真実や道徳をただ提示するだけでは、人間としての理想に到達することはできない。
真と善を基盤としながら、それを「美しく」表現し、人を不快にさせず、むしろ心地よさや共感を与える言葉を紡ぐこと。そこにこそ、真善美の調和があり、人間が目指すべき理想的な姿がある。
〇〇さん、大変貴重なお話をありがとうございました。
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