ぷーやん

1965年生まれ、大阪出身 米国メリーマウント大学卒業 大学卒業後、父の会社(製造メーカー)に入社し、全国の工場を渡り歩く。 赴任地は、大阪→埼玉→神戸→山形→仙台→三重→佐賀 出張先、国内は島根県を除いた全国。海外は、韓国、台湾、中国、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど 1999年不幸にも父の会社が倒産 その後、埼玉で会社勤めのサラリーマンをしながらの兼業トレーダー 当時兼業トレーダーだが、管理職でデスクワーク中心だったので、いつもこっそりと仕事中にトレード 毎日同じ顔を見て、同じ時間に、同じ事を繰り返す毎日に辟易していたのと、その頃はトレード収入がすでに会社から貰う給料を大きく上回っていたので、これ以上仕事を続ける理由が見当たらず仕事を辞める。 最初は、トレードのやり方がわからなくて、書籍、商材、セミナーと手当たり次第に購入し勉強する。その額、数百万円以上。 しかし、机上で勉強したくらいで相場は簡単に勝たせてくれず、やればやるほど負けが膨らむ。 1999年~2000年のITバブルでソフトバンクや光通信を何も考えずに買いまくり、最後は大損をこいてしまう。 その後相変わらず相場にボコボコにされながらも、リベンジを誓い連日15時間以上パソコンに向かって検証し続ける。 現在は複数の市場、手法を織り交ぜた独自のポートフォリオを開発し、安定した収益を実現。

【株式投資】日銀株は過去のバブル期に75万円という値段がつき多くの経営者が日銀株を買ったが、今では3万未満と、実に96%も凄まじく暴落しているのが、わが国の中央銀行の株価なのである。

膨大な国債や日本株の買い上げで、異次元の金融緩和のアクセルを踏み続ける日銀。 少しでも金利が上がるとたちまち債務超過の恐れすらある日銀のバランスシードだが、日銀法に基づく認可法人である日銀が株を発行しているのを知っている […]

【株式投資】日銀株は過去のバブル期に75万円という値段がつき多くの経営者が日銀株を買ったが、今では3万未満と、実に96%も凄まじく暴落しているのが、わが国の中央銀行の株価なのである。 Read More »